

林業をはじめとする農林水産業は、高齢化・担い手不足が進行中です。
農林水産省の報告によれば、「基幹的農業従事者」の数は、令和2年(2020年)には約136.3万人で、平成27年(2015年)の175.7万人から約22%減少しているとのこと。
さらに、65歳以上が70%を占め、49歳以下の若年層は全体の約11%にとどまっているそうです。1
林業分野でも状況は厳しく、「緑の雇用」事業における新規就業者のうち研修修了者で3年後も就業している者は“7割を超えている”ものの2、その後の長期間定着の実態には不透明な部分があるようです。
こうした背景のもと、「採用できても続かない」「若手が来ても短期間で離れてしまう」という課題を抱える林業事業体が少なくありません。
そこで定着の樹では、公開されている情報をもとに、採用と定着の両方で成果を見せている3社を調べました。
以下にその事例を紹介します。
目次
1. 実働5時間の日当制で暮らしが充実?株式会社中川(和歌山県田辺市)
2016年創業の株式会社中川は、林業の働き方を大きく変えた企業として注目を集めているそうです。
同社ではまず、1日6時間(実働5時間)の短時間勤務・日当制とフレックスタイム制を導入したとのこと。
このシステムにより、昼ごろには仕事が終わり、社員の4割が副業や家族との時間にあてている模様です。
農業と両立している社員もいるそうで、暮らし方の幅が広がっているようです。
さらに、施策は他にも多岐にわたります。
- 日当制+給与公開:
日当制ではあるものの、2ヶ月ごとの査定でコンスタントに昇給することが可能なシステムに。
また、社内で給与を全員に公開し、評価の透明性を高めた模様。
新入社員も先輩の収入を参考にキャリアを描きやすくなるように、という狙い。 - 副業・子連れ出勤の容認:
ライフスタイルに合わせた柔軟な働き方を認める。 - ドローンなどの導入:
資材運搬を効率化し、女性や高齢者でも活躍しやすい環境を整える。 - 独立支援制度:
社員が起業して巣立つことを奨励し、業界全体の担い手増加につなげる。
その結果、全国から移住者を含む人材が集まり、20代を中心に採用が進んでいるといわれています。
採用コストをほとんどかけずに人材確保が実現できている点も注目です。
離職率も低く、従業員の満足度も高いとのこと。
中川の「労働生産性を強く追求しない経営スタンス」は、従来人が無理をして成り立っていた林業に新しい価値観を根付かせているようです。
今後さらに他地域にも波及していくことが期待されます。
参考情報:
GOOD ACTION AWARD. 「誰もが自分らしく働ける『実働5時間の林業』。企業としての成長を手放す姿勢に共感し、全国から和歌山へ人材が集う」 note記事より, 2025年1月29日.
https://note.com/goodaction/n/nd14437398e0a
株式会社中川. 「【二年連続!】グッドデザイン賞を受賞しました」 株式会社中川公式サイト, 2021年10月20日.
https://nakagawa-forestry.com/news/20211020_blog/
2. 「主体性を育み、安心して働ける環境づくり」伸共木材協同組合(島根県益田市)
伸共木材協同組合は、「採用してもすぐ辞めてしまう」という課題を抱えていたそうです。
そこで注力したのが、従業員が安心して働き続けられる仕組みづくりと、主体性を発揮できる環境の整備でした。
具体的な施策としては、次のような取組が挙げられます。
- 能力評価システムの導入・改良:
昇格や賞与の基準を明確化。
外部専門家の助言を受けながら改良を重ね、「どう評価されるか」が見える仕組みを整える。 - 人材育成研修の実施:
従業員自身が事例検討を行う形式で、自ら考え、意見を出し合う場を提供。
指導力やコミュニケーション力を高める機会に。 - 独自の安全大会(年2回):
外部講師を招いて行う聴講型から、従業員が主体的に企画・運営を担うスタイルに変更。
安全意識の向上だけでなく、「自分で考えて行動する力」を磨く機会に。 - 福利厚生の充実:
従業員アンケートをもとにスポーツジムを設置し、体力づくりや交流の場として活用。
さらに子ども手当を新設し、子育て世代にとっても安心できる環境を整えた。
こうした施策を総合的に展開した結果、離職は大幅に減少。
従業員が主体的に働きながらも、安心して長く続けられる環境が育まれているとされています。
待遇改善・研修・福利厚生が一体となったこの仕組みは、組織の安定にもつながっているようです。
参考情報:
島根県農林水産部林業課. 『島根林業魅力向上取組事例集』, 令和5年10月, p.14.
https://www.pref.shimane.lg.jp/industry/norin/ringyo/ringyo_ninaite/miryokukojo_result.data/torikumijirei.pdf
3. 「若手に選ばれる林業会社へ」株式会社美都森林(島根県益田市)
株式会社美都森林は、離職率こそ高くなかったものの、若手人材がほとんど在籍していないことが課題だったそうです。
将来の担い手不足を見据え、採用戦略を見直した模様です。
具体的には、
- 情報発信の強化:
会社HPを刷新し、プロモーション動画を制作。外部から会社の雰囲気が伝わりやすくする。 - 装備品の支給:
制服や防護ズボン、空調服などを支給し、従業員の入社時における金銭的負担を減らす。
安全性の向上にも寄与。 - 休暇制度の整備:
有給休暇の取得促進や看護休暇制度を導入。
小さな子どもを持つ家庭にとって働きやすい環境に。
こうした努力の結果、この10年で10代後半から30代までの若手人材が複数入社。
新たな世代が加わったことで職場の雰囲気も明るくなり、新規採用がしやすくなったと報告されています。
参考情報:
島根県農林水産部林業課. 『島根林業魅力向上取組事例集』, 令和5年10月, p.15.
https://www.pref.shimane.lg.jp/industry/norin/ringyo/ringyo_ninaite/miryokukojo_result.data/torikumijirei.pdf
共通点は「林業のマイナスイメージを覆す工夫」
3社の事例から見えてくるのは、「林業=きつい・辞めやすい」というマイナスイメージをどう覆すかに挑戦している点です。
- 中川(株)は 大胆な働き方改革 で「稼げて休める」職場を提示。
- 伸共木材協同組合は 辞めさせない仕組みの徹底 に注力。
- (株)美都森林は 若手に選ばれる会社づくり を進めました。
採用と定着は別々の課題に見えて、実際は「働きやすさ」「成長機会」「社会への発信」の三本柱で共通しているようです。
これは林業に限らず、他産業でも参考になる示唆といえそうです。
さいごに
林業の現場は厳しい環境といわれますが、発想と工夫次第で採用・定着の成果を上げることは可能だということが、今回の3社の事例からうかがえます。
林業全体では、「求人を行っても応募数が求人数に満たない事業体が4割を超える」「事業量に対して人手不足を感じている林業経営体が約8割」というデータもあり、採用・定着の取組の必要性は非常に高いとされています。3
採用の入口と定着の出口をつなぐ工夫は、林業だけでなく他の産業にも広がる可能性があります。
定着の樹としても、これらの事例がより多くの現場に共有され、働く方々が安心して力を発揮できる環境づくりの一助となればうれしいです。
出典
- 農林水産省『令和3年度 食料・農業・農村白書』第1部 食料・農業・農村の動向_特集 変化(シフト)する我が国の農業構造 _(1)基幹的農業従事者
https://www.maff.go.jp/j/wpaper/w_maff/r3/r3_h/trend/part1/chap1/c1_1_01.html ↩︎ - 林野庁『平成29年度 森林・林業白書』第3章 第1節 第4項 「緑の雇用の成果」
https://www.rinya.maff.go.jp/j/kikaku/hakusyo/29hakusyo_h/all/chap3_1_4.html ↩︎ - 林野庁『平成30年度 森林・林業白書』第1部 第1章 第3節 「林業従事者の動向(3)」https://www.rinya.maff.go.jp/j/kikaku/hakusyo/30hakusyo_h/all/chap1_3_3.html
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